息子が3歳の頃に抱えていた私の子育ての悩みと、乗り越えてみて学んだこと

とにかく幼稚園に慣れるのに大変だった息子

息子が3歳の頃、どういうことで悩んでいたのか振り返ってみると、とにかく息子が幼稚園に慣れさせることに必死だったと思います。息子は早生まれだった為、3歳なりたてで幼稚園入園を迎えました。人見知りと場所見知りが激しく、新しい環境や状況に慣れるのにも時間がかかるタイプの為、私と離れて大泣きすることが目に見えており、なんとなく息子の入園を心待ちにする気分にはなれずに、ひたすら不安でいっぱいでした。入園式は親子でずっと一緒だった為、表情は硬いながらも泣かずに参加できました。次の日から早速バス登園が始まり、てっきり私も一緒にバスに乗って幼稚園まで一緒に行くものと信じていたのに、お母さんとは別れてバスに乗せられた為、ものすごい泣き方で抵抗していました。その状況は次のバス停にいたママ友がメールで「ぎゃん泣きして、帰るー!って抵抗していたよ」と知らせてくれた位、ひどい有様だったようです。不運にもバスルートが一番長い時間乗車しなければならず、一時間泣きっぱなしで乗車している日々が続いていました。ある時はお弁当の時間も泣き続けていた為、ほとんどお弁当を食べ残して帰ってきた日もありました。

母子分離、新しい環境、初めての集団生活、3歳なりたてで繊細なタイプの息子が、乗り越えていかねばならない事が沢山あり過ぎたせいか、昼間の興奮から夜泣きが始まり、食べることが大好きだったのに食欲も減り、不安定な状態になってしまいました。朝は泣きながら目を覚まし、制服に着替えることを全力で拒否し、バスに乗る時間が近づくととにかく泣きわめく日々で、私もとにかくバスに乗せるまでが大仕事で朝が来るのが恐怖になるくらいでした。

担任の先生の大きな存在

担任の先生は、そんな息子を根気良く、じっくりと向き合ってくれ、息子を理解しようとしてくれました。少しでも明るいニュースがあると電話で私に報告してきてくれました。今でも覚えているのが、夜8時過ぎに「今日初めて一人でトイレに行くことができました!」と、わざわざ先生自身の携帯から連絡をしてきてくれたのです。私は思わず息子ぎゅうっと抱きしめながら、一人でトイレに行かれたなんて、すごいね!」と嬉しくて泣けてきてしまいました。

そんな優しく一生懸命な担任の先生に長男も心を開き、幼稚園という場所をやっと受け入れ始めてきました。バス登園でようやく泣かなくなったのは、もうすぐ夏休みという頃でした。夜泣きも治まり、制服も自分で着替えて、朝ご飯もちゃんと食べられるようになりました。家族が居ない場所で信頼できる人が出来たことで、新しい環境にようやく慣れることができたのです。一つの山を乗り越えることができ、息子は大きく成長できました。息子が幼稚園に慣れたのは、何かきっかけがあったから新しい環境に慣れたのではなく、日々の小さな小さな時間の積み重ねのお陰だと思います。担任の先生を受け入れたことは大きな一歩になりました。

ありのままの息子を受け入れることが出来なかった私

繊細なお子さんを持つお母さんは、子供が幼稚園に慣れることができるのか不安だと思います。私は何もかも心配で不安だらけでした。しかし、子供は親が思っているよりも強くたくましいです。時間は人より掛かるかもしれません。でも、いつかはきっと新しい環境に慣れる日がやって来ます。初めての子供で、私自身も必死で「バスに間に合うように準備させなくてはならない」「また泣いている!もういい加減にしてほしい!」「どうしてうちの子だけ、泣いているの?」と、泣いている我が子を受け入れることが出来ず、自分のイライラした感情を子供にぶつけてしまい、子供を追い込んでしまう状況になっていました。無理やり制服を着せたり、怒鳴りつけたり、今思い返すと本当に可哀そうな事をしてしまっていました。私も必死で子供の気持ちに寄り添って受け入れてあげることなど全くできませんでした。泣いている息子を受け入れてあげていれば、息子はもっと気持ちが落ち着いていたと思います。ゴールの見えない日々に私は正直参っていました。しかし一つ一つ、親子で少しずつ日々を重ねて行くことで、お母さんも子供も一緒に成長していくものなのだと思います。

息子の支えになってくれた大好きなプラレールと電車

息子が幼稚園に慣れるまで不安定な時期に、息子の心の大きな支えになったのは、大好きなプラレールで遊ぶことでした。家が線路沿いにあるため、生後間もなくから、泣き愚図るとベランダに出て、電車を見せて気分転換をさせていました。目がまだ良く見えない時期は、大きな音で走り去る電車の音に驚きながらも耳を傾け、目が見えるようになってからは、電車を目で追いかけて食い入るよう見つめていました。必然的に電車に興味を持ち出し、物が持てるようになってからプラレールを与えると、最初のうちは投げて遊んでいたものの、そのうちお座りしながら自分の周りを走らせているような感じで遊び出しました。1歳になるとハイハイをしながら手押しで電車を走らせて遊んでいました。2歳ごろには自分でレールを組み合わせて繋げるようになり、電池を入れたプラレールが走る様にうっとりしていました。プラレールだけでなく、実際に走る在来線や貨物列車にも興味津々で、お絵かきノートに「電車を描いて!」と言って、長い電車を描かせられる日々でした。家に居る時に横の線路を通る電車の通過する音で「貨物列車だよ」「○○線だよ」と認識し、私に得意気に教えてくれていました。朝から晩まで、電車のことだらけでした。息子の成長にはプラレールと電車の存在は欠かせませんでした。

電車やプラレール漬けの日々だったので、息子の興味を満たす為に、電車関係の本やDVDをとにかく片っ端から見せたり読んで聞かせたりしていました。他にも興味が向くように電車以外の物を見せたりしたものの、反応が薄くて興味が無さそうにしていたので、それならばとことん息子の好奇心を満たそうという方向にし、夫婦で接していくことに決めました。大好きなことに触れているときの目の輝きは、本当にキラキラと光りが灯り、目がくりくりとしてイキイキと輝きます。

ABOUTこの記事をかいた人

小学1年生の長男は超繊細かつ超慎重派、年少の次男は活発で元気いっぱい、という正反対の性格の兄弟を子育て中のアラフォー主婦。子供たちに挟まれて眠る時と、家族みんなで食卓を囲む時が何よりも幸せです。