子育てにおけるご褒美のあげ方

罰よりもご褒美の風潮

学校でも最近は「罰を与えずご褒美をあげる」という教育方針にあるように思います。うちの息子は小学四年生ですが、私の小学四年生の頃の教育とはずいぶん違います。

まず、子供を評価してご褒美を与える機会がやたら多い。様々な賞状が年間通していくつも発行されています。子供によってもらえる数は異なるでしょうが、誰もが数回は賞状をもらえる機会があるんじゃないかと思う程です。

私の子どもの時は、給食を食べられないものがあったら掃除の時間まで残され、忘れ物をしたら校庭を走らされました。さすがに廊下に立たされることはなかったですが、ご褒美の印象よりも罰の印象の方が大きかったように思います。今の小学校で同じことをしたら、PTAから苦情が来て大問題に発展するんじゃないかと思うようなことが、普通に行われていました。

これらはアレルギーっ子の増加とか、モンスター・ペアレンツの出現とかいったことも原因かとは思いますが、罰を与えるよりも褒めた方が人はやる気をだす、という考え方が主流になってきているからではないでしょうか。

ご褒美は「やる気スイッチ」になる?

実際、数々の脳科学的な実験でも、違反した際の罰を設定するより、貢献した際の報酬を設定した方が、脳がやる気をだすという結果が得られています。何かをした時に、ご褒美がもらえたとします。すると、脳の報酬系という快感システムが強く反応します。その快感刺激は、麻薬と同じでまた次なる刺激への欲求を引き起こします。

つまり報酬を得ると快楽を感じ、それがやる気スイッチとなるということです。さらにはそれが自信や自己肯定感につながるかもしれません。でもどんなときにも、ご褒美はしつけ上良い方法なのでしょうか。

向上心を持たせようというときには、ご褒美方式は多少有効かもしれません。難しいテストをクリアしたら、おいしい物を食べに行こうとか。それを通過しても次なる目標がすぐ出てくるし、段階的に難易度も上がっていくので、やる気と向上心を出させるにはよさそうです。

うっかりするとご褒美は逆効果に

しかし子育ての日常ではどうでしょう。子育てでは、日々同じことの繰り返しの様ですが子供は日々成長しています。昨日できなかったことが今日突然できるようになるし、一か月前苦戦していたことがもう楽々できるようになってしまっている。「何かができた」でいちいちご褒美をあげていたら、毎日ご褒美だらけになってしまいます。

では「これをがんばったらご褒美をあげる」というのはどうでしょう。「いい子にしてたらサンタさんがプレゼントをくれるよ」というのも、一種のご褒美方式のように思えますが、そういう家庭ではたいてい毎年プレゼントが届いているのでしょうから、「いい子にしていないとサンタさんがプレゼントくれないよ」というのはむしろ罰です。

また、特に約束していなかったけれど、いいことをしたと思ったからご褒美をあげるというのはどうでしょうか。しかしそれでは、次にまたそれをした時にご褒美をあげないと、次からかえってやる気をなくしてしまいかねます。例えば「注射をがんばったらご褒美にお菓子を買ってあげる」と言ったら、予防接種のたびにお菓子を買ってもらえないと、子供としては話が違うと感じてしまうかもしれません。

動物に芸を覚えさせるときとなんだか理屈は同じ気がします。教えたとおりにできたら餌をあげる、というシステムです。動物は餌を貰えることを学習するので、芸を覚えます。しかし、もしちゃんとやったのに餌をもらえたりもらえなかったりとなると、きっと「この動作と餌は関係ない」と判断し、芸をしなくなるでしょう。

そうかんがえるとご褒美にお菓子やゲームというのは、確かに一時的にはやる気スイッチを押す原動力となるかもしれませんが、やたらと多用すると逆効果になりかねないような気がします。同じことをしてもご褒美がもらえないとなると、何をするにも無気力になってしまう可能性があります。

小さい子は「今」がすべて

子どもが小さい時、2歳から3歳くらいまでは長期記憶があいまいなので、都度都度ご褒美を設定してもあまりその後に影響がないかもしれませんね。前にもらったご褒美のことを良く覚えていないので、2、3回くらいは同じ手が、バリエーションをつければもっと使えそうです。

しかしながら、小さい子は未来について予測する力も十分ではないので「明日からこれを頑張って、達成できたら、後でご褒美をあげる」という時系列的な流れは理解できないかもしれません。即座に行動を起こせば即座にご褒美がもらえると勘違いし、「明日って言ったでしょ」というと騙されたと言わんばかりに大泣きされる恐れがあります。

小さい子には「今」がすべてですからね。ですからリアルタイムの親の希望には有効かもしれませんが、未来のことにはあまり使えません。最も、そのくらいの歳の子にはおもちゃやお菓子のご褒美よりも、ママが「えらかったね~!!」って抱きしめてあげるだけでも十分かもしれません。

我が家のご褒美


ちなみにうちでご褒美を設定したことがある事と言えば、通っている習い事で昇級したとか、保育園の運動会で1等をとったとか(その前年があまりにやる気のない走りをしたので、やる気を出させようとしたら予想以上の効果でした)です。おもちゃを買うよりも、家族みんなでご飯を食べに行ったと思います。もちろん、ご褒美なので子供のリクエストに応えています。

みんなでご飯を食べに行くというのは、結構いいご褒美なんじゃないかと思います。自分だけがおもちゃを買って満足するより、家族みんなが楽しめる発端を自分が作った、と思うとちょっと誇らしい気分にもなりますよね。しかも自分の好きなものを好きなだけ食べていい。うちの子どもたちはいいものを食べ慣れていないので、リクエストと言っても100円回転寿司かラーメン屋くらいなんですけどね。

ではほかにどんなシーンで、どんなご褒美がいいのか考えてみました。まず、お菓子やおもちゃなどの物によるご褒美です。これは、さっきも述べたとおり、日常的に多用するべきではないような気がします。

「お祝い」のご褒美と「お礼」のご褒美

子どもにいう事を聞いてほしくて(例えば、親の都合につき合わせて騒ぐのを我慢してほしい、急いでいるので早くしてほしい、やりたいことを我慢してほしい)おもちゃやお菓子で子供をつるのは、「ご褒美」ではあるけれども、子供に対する「お礼」だと思った方がいいかもしれません。子供が自分で頑張って結果を出せたときにあげる「お祝い」のご褒美と、「お礼」のつもりであげるご褒美は別物と考えた方がいいでしょう。

「お礼」のつもりであげるご褒美で、やはり一番お手軽でいいのは、言葉によるご褒美つまり「褒める」ことじゃないでしょうか。「頑張ったね」「よくできたね」と言われると、子供は自分の頑張りを評価してくれたと感じます。評価されるのは嬉しいですよね。自分はできるんだ、という自信もつきます。もっと頑張ってもっと褒められようという向上心もわきます。そして何回でも何回でも、えらいと思ったら褒めてあげればいいわけです。

学校で賞状をちょくちょくもらってくる息子は、やっぱりもらえたことを誇らしく思っているようです。褒めてもらえる、評価してもらえることは、自信になります。自信がつけば、次も賞状をとろう、次はもっと上の賞を目指そうという気になります。

物やお金をもらってしまうと、自分の努力が数値化されてしまって、他に比較対象ができてしまいます。頑張ったからおこずかい500円あげるねと言われ渡されると、その頑張った行為や結果に500円という値段がついてしまう。その時は嬉しいでしょうけど、逆に言うと500円分以上の価値はないわけです。次に同じことをしても、もらえるのはきっと500円。それはすでにご褒美というより、仕事をして得た報酬と同じです。その仕事の内容に対して500円というのはいいですが、頑張ったその行為をお金や物に換算するのは難しいと思います。

祖父母からのご褒美

我が家ではあまりないのですが、おじいちゃんおばあちゃんがご褒美をやたらあげたがる、というパターンもありますよね。これは子供の行為を褒めたいからあげるというよりは、おじいちゃんおばあちゃんがあげたいからあげている、というケースが多いように思います。もらえるのはありがたいし、それを制するのも断ったり返したりするのも難しいですよね。

でもそれが日常でなければ、あまり気にしなくてもいいんじゃないかなあと思います。普段の子育てを誰が中心になってやっているかにもよりますが、一般的に子供にとっておじいちゃんおばあちゃんよりも、母親の存在の方が絶対です。子供の中で、親がくれるご褒美と祖父母がくれるご褒美は、根本的に違うものなんじゃないでしょうか。

祖父母や親せきからなにかもらったら、誰から、なんのご褒美でもらったか、よく説明した方がいいと思います。子供の気持ちになって想像してみると、なんとなくわかりますよね。結婚式で騒がずにじっと我慢して過ごしてくれた時、おばあちゃんがご褒美におもちゃをかってくれるのと、お母さんがおもちゃを買ってくれるのとでは、なんか違いますよね。

小さい子ほど、自分が言いつけを守ったりとか、頑張ったりとかしたことに対しては、まずは物よりもそれができたことを認めてもらいたい、と思うものです。特に、身近で大好きな人にほど、その気持ちは強くなると思います。身近でない人は、たいして頑張っていなくても怒らないし褒めてくれるのが普通ですから、それはさして特別なことではありません。だから、そのご褒美の表現が物であっても悪くないとも思えます。

子どもはママが大好きな一方、少しずつ対抗心というようなものも抱いてくると思います。だから、物で頑張った、我慢した代償を支払われてしまうより、一人前として認めてもらえたり、評価してもらえたりする方が、誇らしい気持ちになるんじゃないでしょうか。おばあちゃんから何かご褒美でもらったら、「~ちゃんが頑張ったから、もらえたんだよ。すごいねえ。いいなあ。」と声をかけてあげるのがいいんじゃないかと思います。

もうちょっと大きな子へのご褒美


子どもが大きくなってくると、ちょっと話は変わってきますね。自分で欲しい物も具体的にイメージできるようになりますし、安っぽい物を「ご褒美」として渡されても、かえって馬鹿にされたような気分になるかもしれません。大人の感覚に近くなってくるでしょうね。仕事で「よくやってるね~」と褒めてもらえるのは、最初は嬉しいけれどそればかりだと「言葉じゃお腹も財布も膨れません」と内心思うようになります。まだ小学生の内はそこまで擦れた考え方はしないかもしれませんが、中学生くらいになるともう子供だめしじゃ見向きもされなくなりそうです。

つい先日、長男が「理科の学力テストで100点とれたかもしれない。100点だったらなんかご褒美ある?」と聞いてきました。平均点は知りませんが、100点取れるのはクラスで2,3人くらいらしいです。何が欲しいの?と聞いてみると、いくらくらいなら買ってくれる?と聞き返されました。

自分で100点だと思っていても100点でないことが多いので、実現はしないんじゃないかと思いつつ、一応まじめに考えました。そして「理科のテストだから、理科のことでもっと勉強したいからっていう理由で欲しい物とか、博物館とか科学館とかで行きたいところがあるとかだったら、結構高いのでもいいよ。でも、全然関係ないゲームとかには、あんまり出せないよ」と答えました。

長男がほしかったのはゲームに関するもので、金額的にも数百円のものだったようです。そんなことだろうとは思いましたが、うちのご褒美のシステムはそういう風になっています。だからこれからも、例えば部活とかで欲しいものがあったら、目標を達成できたらワンランク上のブランドで買ってあげるとか、そういったご褒美の与え方にすると思います。

「お祝い」としてのご褒美

子どもが何かを達成して「ご褒美」をあげるときは、それを買うときやあげる時にも、ちょっと工夫するといいかもしれません。別にパーティーを開く必要はありませんが、一緒に買いに行ったり、渡す時に「よく頑張ったね」と一言添えたりするだけでもいいと思います。

「あなたが目標を達成できたことは、ママにとっても嬉しいこと。だからお祝いさせてほしい」という気持ちで、一緒に喜んであげたいですね。そうすると、ものをもらった喜びに加えて、喜びを共有できた、自分がママを嬉しい気持ちにさせてあげたという誇らしい気持ちになり、記憶にも強く残ると思います。結果として、次のステップを目指すきっかけになってくれるかもしれません。

ご褒美も悪くない

「ご褒美」は育児するにあたって、決して悪いことではありません。ご褒美をあげるタイミングとしては、頑張ったな、なにか評価してあげたいなと親が思ったときでいいと思います。子供にとっては、親が自分と嬉しい気持ちを共有してくれるという体験が、とても大切だと思うからです。

上手に「ご褒美」をあげながら、育児を楽しみましょう。そして時には、毎日頑張っている自分への「ご褒美」も忘れないでいたいものですね。

ABOUTこの記事をかいた人

30代後半、10歳と5歳の男の子の母です。 平日は、子供を学童と保育園に預けてパートタイマーとして働いています。慌ただしいながらも頑張りすぎず、気楽で楽しい育児をモットーに、賑やかで幸せな日々を送っています。