私が子育てにおいて、一番の失敗だと思う事から学んだ大切なこと

何から何まで人と比べてばかりの子育て

初めての子育てで必死だったというのもあり、長男の一つ一つの成長や発達がものすごく気になり、常に周囲の子と比べて悲観していたのが辛かったです。思い起こせば今でも苦しくなるほど、私は本当に沢山のことで悩んでいました。ようやく待望の赤ちゃんが生まれて、日々の成長が楽しく希望に満ちているはずだったのに、楽しいと思える時間よりも悩んでいた時間の方が長かったかもしれません。

長男が幼い頃は、毎日のように「あの子は〇〇が出来るのに、うちはまだ出来ない」という定型文ができる位、周囲の子とあらゆることを比べては長男の方が劣っている感じがし、なぜ出来ないの?と悩んだり、周囲の子に一方的に嫉妬をしては苦しくなる日々でした。

例えば、

・「あの子はもうスプーンやコップが使えるのに、うちの子はまだ手づかみで食べるし、コップで飲めない」と、お友達と一緒にご飯を食べる時に、他の子の食べ方が気になってばかりいました。楽しいはずの仲間とのランチの時間が、当然苦痛に感じられることもありました。

・「あの子はもう上手に単語を話すのに、うちの子はまだ話せない」と、話し出すのが遅かった長男を心配していました。周囲の同じ位の月齢の子が、たどたどしく単語を話す姿に素直に可愛らしいと思えず、いつも心の中では「どうして息子は話せないのか」と鬱々悶々と悩んでいました。

・「あの子はもうハイハイするのに、うちの子はどうしてまだ出来ないの?」「あの子はもうつかまり立ちをして歩きだしているのに、うちの子はまだ立てないし、歩くなんてまだまだ遠い先だな」と、1歳過ぎても歩き出さない長男に不安や焦りを感じていました。

・「あの子はもうブランコに一人で乗れるのに、うちの子は私と一緒じゃないと乗れない」
・「あの子はもうストライダーに乗ってぐるぐる走り回れるのに、うちの子は怖がって乗れない」
・「あの子はオムツが取れてお兄さんパンツを履いているのに、うちの子はまだオムツのままだ」
・「あの子はボタンが外せたり留められたりして一人で上手にお着替えが出来るのに、うちの子はまだお着替えが出来ない」

と、挙げればキリがない程、呆れる位にいちいち比べてばかりの日々でした。

私が最も苦しかったのが、人見知りの激しい性格だった長男は、他のお友達の近くには自ら寄って行かず、むしろお友達が遊んでいる所から離れようとしていたことでした。
他の子供はお友達同士で楽しそうに色々とやり取りをしながら遊んでいるのに、そういう輪の中に入っていかない長男に対して、なぜ一人ポツンと遊んでいるのか理解できず、もっと周囲のお友達とコミュニケーションを取って欲しいのに、そういう場面に出くわすたびに長男に対してイライラしていました。

マイルールに縛られ過ぎていた私の子育て


慣れていない子育てで育児本やテレビや雑誌からの情報等が頭にこびりついていた私は、○○しなければならない、〇ヶ月までに出来ていないといけない、という私自身のマイルールや情報から得た固定概念にものすごく振り回されていたように思います。その苦しい枠の中に長男を当てはめようとし、長男は長男のペースで成長しているだけなのに、私の勝手な思いで人と比較ばかりしていて、楽しいはずの子育てがとても苦しく辛いものになっていきました。長男は慎重派で人見知りや場所見知りが激しい性格で、必然的に一人でマイペースに遊ぶことが好きなだけだったのに、この子はお友達と関わりが持てないのかもしれないと不安になり、子供は友達同士で遊ぶもの!と勝手に決めつけて無理やり子供の輪にいれようとしたり、お友達と遊ばない長男にイライラしたり、とにかく私のマイルールや固定概念に縛られていたので、その枠から出てしまっている長男の性格を理解できず受け入れてあげることが全くできませんでした。

長男が私に訴えてきた切ない言葉

私は自分の思い通りにならない長男に対してイライラしたり、ひどい時には「どうしてお友達と一緒に遊べないの?」と、怒ったりしていました。長男が3歳位の頃、怒っている私に対して、泣きながら言ってきた言葉が忘れられません。「お母さん、ぼくにもっとやさしくして。もうおこらないで。おかあさんがおこると、せっかくぼくのこころがおおきくなってきたのに、ちいさくしぼんじゃうの。だから、もうおこらないで。」その時の長男は、まだあまり上手にお話をすることができなかったのですが、この言葉はなんというかもう、私の心にぐさりと刺さり、この先この子への接し方を変えないと長男が潰れて行ってしまうと、確信した瞬間でした。まだ小さな長男がこんな風に訴えてくるなんて、よほど私のイライラや怒りが怖かったのでしょう。これをきっかけに長男との接し方や子育ての考え方を変えて行き、もっと子育てを楽しもうと思いました。

仲良しのママ達が気付かせてくれた大切なこと

この長男のことで悶々と悩んでいた時に、解決の道が開けたのは、育児本でもなく、情報誌でもなく、苦しい思いを相談できる信頼できるママ友が近くにいたことが、本当に救いでした。私が住んでいる地域は転勤族が多く住む場所柄のせいか、公園や子育てセンターでも気さくに話せる方が多く、色んなママと話せる機会に恵まれていました。その中でご縁があって仲良くしていたママ達に、自分の色々と周囲と比べて苦しいという気持ちを思い切って打ち明けて話をし、共感してくれたり、アドバイスをもらったりできたことで、鉛のように重たく辛かった気持ちがとっても楽になることができました。不思議なことに夫に話を聞いてもらっても、なぜかトンチンカンな返事や意見が返ってくることが多く、逆にフラストレーションが溜まることが多かったです。また私の思いをダメ出しや否定することばかりの意見が返ってきて、私はダメな母親なのだ、と気持ちが弱っているときに追い打ちをかけられているようで、嫌な気持ちになることが増えてきたので、夫にはあまり話さなくなりました。こういう時は同じ立場のママさん達の意見がなにより一番、私の心に響きました。

色々と周囲のママさん達に自分の思いを思い切って聞いてもらったり、アドバイスをしてもらいながら、「一人一人に性格や個性やペースがあって当然!だから、ありのままの子供を受け入れること!」という当たり前な事に気付くことができました。このことに気付くことができて、長男に対しての接し方や考え方がずいぶん柔軟になることができました。もちろん、すぐには直りませんでした。ゆっくりと時間を掛けて、凝り固まった概念を柔らかくしていきました。

ありのままを受け入れるという子育て


ありのままの長男を受け入れてあげて、その時その時を「長男」主体で行動したり考えたりすれば良いだけだったのに、そういうシンプルなことに気が付かなかった私は、長男の一番可愛くて、できることがどんどん増えて、成長を一緒に喜んで楽しめるはずだった1、2歳の頃をあまり楽しむことが出来なかったことが心残りだったので、次男には私のマイルールや固定概念を押し付けたりせずに、もっと次男をそのまま受け入れてあげようと思いました。何もかもが初めてだった長男の時とは違い、一度は通ってきた道だったので、ある程度予測が立てられることで、気持ちの余裕をもって接してあげられることができました。そして、長男の時に「子育てって楽しい!」と思えなかった瞬間を、次男では「楽しい!可愛い!」と感じることがあり、嬉しい収穫になりました。私の肩の力が抜けていたのもあるかもしれません。

また長男と次男では性格がほぼ180度違い、次男はお友達と遊ぶのが大好きで好奇心が旺盛であり、危険を省みずにどんな所へも行ってしまうタイプだったので、長男の時とは違った悩みがあったのですが、とにかく一度経験しているという事は、こんなにも気持ちが楽で大らかに構えられるのだと、私自身驚いています。そして「ありのままの我が子を受け入れること」という大切なことに気付かせてくれた長男とママ友のお陰で、子育て自体を見直すきっかけが出来、以前のように周囲のお友達と比べたりすることがほとんど無くなりました。比べてばかりの辛い子育てから卒業出来たので、周囲に目を向ける時間よりも、我が子に向ける時間の方が多くなり、今までよりも素直な気持ちで子供の小さな成長を発見できることが出来るようになってきました。まだまだ「我が子たちをそのまま受け入れる」ことは精進中ですが、心掛けておくことだけで、気持ちが楽になれるおまじないになりました。

ABOUTこの記事をかいた人

小学1年生の長男は超繊細かつ超慎重派、年少の次男は活発で元気いっぱい、という正反対の性格の兄弟を子育て中のアラフォー主婦。子供たちに挟まれて眠る時と、家族みんなで食卓を囲む時が何よりも幸せです。