発達障害と二次障害「自分に自信が持てるという事」

長男が小学3年の2学期、3日間だけでしたが不登校になりました。
朝、学校に行く時間になっても行く気配がなく、「学校に行きたくない。」と言い出しました。「学校に行きたくない」というのは入学当初から何度も言っていた事なので、またいつもの事かな、位に思っていたのですが、どうやら違っていたようです。

行きたくない理由を聞いてみると、先生の言っている事がわからない、友達に仲間外れにされた、学校にいる事自体が辛い、という事でした。発達障害の子どもを育てるにあたって、不登校はいわゆる二次障害の1つと言われています。しかし長男の不登校の裏に隠れる本当の二次障害は別の所にありました。

周りと違う子育て

長男は高機能自閉症・ADHD・学習障害というトリプルの特性を持ち合わせています。
長男の生きている世界が、どれほど私と違うのか、私には想像する事も難しい位、様々な特性と共に過ごしていますが、今のこの世は長男にとってどれだけ生きにくい世の中なのかを考えてしまう事があります。

そんな事は全然知らなかった私は、人の迷惑にならないように、一生懸命子育てをしているつもりでした。しかし、長男の行動は人の迷惑になるような事がとても多く、その度に怒ってばかりいました。
発達障害の診断が出るまでは、何か違う、他の子違う、他のママさん達と私の子育ては何かが違うと漠然と感じていただけで、必死に自分の固定観念を長男に押し付けていたのかもしれません。

怒った理由を説明しても、「わかった?」と聞くと「わかった。」という長男。
「何がわかったの?」と聞いても「何がわかった。」と返されるのみ。自閉症の特徴である‘オウム返し’と呼ばれるものです。

いくら説明しても、怒っても、話しても、見本をみせてもわからない。こちらが押せば押すほど、そのまま跳ね返ってきているだけのような感覚でした。

自己肯定感ゼロで生きるという事は

そんな毎日でしたので、長男は怒られる事が日常になっていきました。
怒られても理由はわからず、ただ私の怒った顔だけが頭に残っているだけなので、当然改善もしない。さらに怒られる、の繰り返しで、長男はどんどん自分は何も出来ないと思い込んでいくようになっていたと思います。

「どうせ僕は出来ない。」

次第にこの言葉が口癖になっていきました。
何かをやってみようと言っても、出来ない事にチャレンジしようとしても、どうせ僕は出来ない。とチャレンジすらしなくなっていきました。

もともと明るく、笑顔が多かった長男の顔には、次第に曇ったような表情が見え始め、笑顔が少なくなっていくのは、私にもよくわかりました。

2年生の夏休み、何もチャレンジしない、出来ないしか言わない長男に私がキレてしまいます。なぜやる前から出来ないというのか、なぜすぐに諦めてしまうのか、なぜ、なぜ、、、と私の悪い癖が出ていました。

何も出来ないと思ってしまう長男の気持ちに寄り添う事なく。

ABOUTこの記事をかいた人

2人の男の子を育てている主婦です。(現在小4と小1) 長男が発達障害のため、ちょっと変わった子育てをしています。 今年から次男が小学校に入ったので、少しずつ自分の時間が持てるようになりました。 そんな私のちょっと変わった子育てのお話を紹介致します。